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時制の移動? 「残念」「ありえない」
- 2007/12/20(木) 01:13:36
最近あれっと思う言葉に、「残念」というのがあります。
本来、「残念だ」というのは、過去の出来事に対して使われる言葉です。
例)残念な結果、〜して残念だった
それが、最近は、現在進行中の出来事にも使われるようになってきています。(まだごく一部ですが)
例)あの残念なチラシがまた使われているよ。
本来過去的な意味合いを持つ言葉が現在に使われることによって、そうでなければいいのに(そうなっている)という意味の二重性が生まれています。
ここでいう、過去属性を持った言葉を現在の事象に対して使うことによる、意味の二重性については、高校英語に出てくる「仮定法」を見ればわかりやすいです。
・I wish I were a bird.(鳥だったらいいのに)→私は鳥じゃない
・should have been〜(〜であるべきだった)→実際はそうなっていない
「残念だ」を、従来通り過去の出来事について使った場合には、単に過去の出来事に対する判定にしかなりません。
時制の移動、と言ってしまうと、専門用語的にはNGかもしれませんが、これに似ていると思うのが、もっと前から使われている「ありえない」の新用法。
「有り得ない」は、「有る可能性がない」だから、元々は現在から未来に向かっての事象に対して使われる言葉です。
例)空からお金が降ってくるなんてありえない。
それが、最近では、現在のことについて使われるようになっています。
例)まさかそんなことを言うなんて、ありえなーい。
これも、未来に使う言葉を現在に使うことによって、信じられない(が現に起こっている)という、意味の二重性が生まれています。
仮定法は過去→現在ですが、この「ありえない」は未来→現在という動きになっています。
英語にもこのような用法はあるのか、そもそも従来の日本語に未来→現在という用法はあったのか、が気になるところです。
「進化する「すごい」」
- 2006/12/18(月) 21:35:27
先日、NHK教育の“「ことばおじさん」のナットク日本語塾”という番組で、表題の内容をやっていたのですが。
本来「すごくキレイ」と言うべきところを、「すごいキレイ」と言うようになってきた。この理由は明らかになっていないが、この場合の「すごい」は、感嘆詞的に使われているのではないか、という話だったんですが。
(何しろたった5分の番組ですので)
私は、単に、形容詞の連用形の衰退のような気がします。つまり、形容詞や形容動詞を修飾するときも、連用形ではなく連体形を使ってしまう。多分…形容詞の場合、連体形は終止形と同じなので、活用しなくていいから楽…なんじゃないでしょうか。
例えば、「えらく」(≒すごく)というのは方言かもしれませんが、「えらい大きい鞄やねえ」と言ったとして、その「えらい」は、感嘆詞にはなりえないというか、単体で言った場合には、「えらい」は立派だという意味になり(しんどいという意味もあるけど)、程度がはなはだしいという意味にはならないと思うんですよね。
敬称
- 2006/11/03(金) 16:01:28
本当にどうでもよい話な上に、例が、私にしかわかりません。(多分…)
渡部さんは、児嶋さんのことを、「児嶋」と言ったり、「児嶋さん」と言ったりします。(児嶋さんは、あまり渡部さんの名前を呼ばない。呼んだら呼び捨てが大井、もとい、多いかな)
個人的に呼びかけるときは「児嶋」、お客さんを意識すると「児嶋さん」になるようです。
珂逢さんと鈴峯さんだと、鈴峯さんの方が後輩なので、珂逢さんが鈴峯さんのことを普段から“さん付け”で呼んでいるとは考えにくいですが、幕前トークでは、「鈴峯さん」と呼んでいます。
外部の人に「うちの○○が〜〜なんですが」というときには、身内なので、呼び捨てが普通です。ステージのトークの場合でも、身内には変わりなさそうですが…?
思うに、ステージでトークをしている場合、ステージ上の二人と、客との関係は、ニ対一ではなくて、一対一×2なのではないでしょうか。なので、相方さんの立場は、身内というよりも、お客さんと接しているもう一人の人ということになり、逆に敬意を払わなければならない存在になるのではないかと。
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